医学生・研修医の皆様へ
To medical students and residents

留学者の声

藤本 晃司 先生

2015年4月から2017年1月末までの約2年間、ニューヨーク大学放射線科、Langone Medical Center, Center for Advanced Imaging Innovation and Research (CAI2R) に留学させて頂きました。

2014年の5月にミラノで開催されたISMRMにて、富樫先生のご友人である英国の Anwar Padhani 先生が会場で私を呼び止めて下さり、NYU の Hersh Chandarana 先生を紹介するからいますぐメールを送るように、と仰いました。これが私の留学のきっかけです。ご紹介頂いた Chandarana 先生とメールでやりとりした後、翌日学会場で彼がNYUのチームのポスターを4-5枚貼るのを一緒に手伝いながら、「給料は出ないけどそれでも良い?」と聞かれて、OKと即答しました。MRI 画像再構成の研究をしている私にとって、多くの Ph.D. が研究を行っており、当時大変興味を持っていた GRASP 法を開発した NYU に行けるというのは夢のような話だったのです。その後ラボの Directorである Daniel Sodickson 先生のところに連れて行って頂き、あらためてNYUに留学させて頂きたい旨を申し出ました。ちょっと大げさですが「歴史がつくられるところをこの目で見たい」と言ったところ、「That’s a good idea.」というお返事が頂けました。たいへんお忙しい方だからか、ほんとに二言三言話をした程度で決まってしまいました。

私はNYUには一度も行ったことがなかったので、富樫先生のすすめもあり、一度夏に妻と下の娘をつれてNYUに下見に行きました。約1週間ホテルに滞在して私はラボを見学、妻は不動産屋さんと下宿の下見を行いました。ラボはマンハッタンの東、国連ビルから南に少し下がったところ (660 1st avenue) にあり、NYU のグループが学会発表で表紙に使っている建物が目の前に見えたときには 子供のようにどきどきしたことを思い出します。

住む場所はマンハッタンではなく、グランドセントラル駅から電車で北に1時間ほど行ったところにある、Westchester と呼ばれる郊外の町に決めていました。お金持ちが住んでいる地域なので、子供を通わせる現地校の教育施設・内容が充実していること、安全であること、週末に通わせる補習校(日本語学校)に近いことが理由です。色々家を見せて貰いましたが治安のよさそうなところは裕福な方ばかりが住んでいる地域なので家賃が高く、比較的安い値段で借りられそうなところは近くに工場があったり、洗濯機が置いてなかったり間取りが変で住みにくそうだったりしました。結局夏には住む家を決めることができず、1月に再度渡米しました。

私が決めた家は壁は白、屋根と窓枠は緑色で、遠目にはすごくおしゃれに見えます。ところが中に入ると3階建ての各階が左右に分かれており、一軒に6家族が住んでいました。このエリアでは1軒を左右あるいは上下に分けて2家族が住むという家は一般的ですが、6家族が住むというトキワ荘みたいな家は後にも先にも見たことがありません。お金持ちが多く住む地域でエアポケットのように、私の家のある通りだけ、妙にこじんまりした家が建ち並んでおり、そのなかで少し立派に見える私の家に住んでいるのはロシアからの移民家族、絵描きの姉妹、シングルマザーの母と娘、エクアドルから来たおばあちゃん、ゴルフ場の芝生の管理人をしている白人一家、と濃い人達の集まりでした。

NYUは医学部を含めマンハッタン中に建物が散在しており、さらに工学部はブルックリンにもあります。私が通っていた660 1st avenueの建物の1階に MRI 撮影部門、3階に画像診断医の office があり、私は4階の MR Scientist 達の office 内の大学院生用の部屋の一角にデスクを貰うことができました。この建物の他のフロアには IT 部門や耳鼻科医の office などが入居していたのですが、本体の病院は少し南に下がった Tisch Hospital と呼ばれる大きな建物にあります。画像診断医と MR Scientists の office がとても近いので、私のメンターの Chandarana 先生は毎日のように色んな Ph.D. の居室を尋ねてまわっては discussion をするという、夢のような環境で働いていました。Ph.D. 達が全員集まるミーティングは毎週木曜のお昼に開催されており、MRI の文献紹介、各自の研究の進捗報告に加えて、Science News と呼ばれる、広く計測機器を対象とした文献紹介(例えば重力波を検出した装置の仕組みを紹介するなど) も行われていました。これに加えて、不定期ながらほぼ毎週、学外の若手 MR Scientists を招いたセミナーも開催されていました。彼らの何名かはのちに NYU のポスドクとして雇用されていたことから考えると、このセミナーはポスドクの採用試験を兼ねていたのかもしれません。

Chandarana 先生から私に与えられた研究テーマは 腎臓の造影ダイナミックMRIに対して圧縮センシングを用いた再構成を行うことで、腎機能を反映する指標がどの程度正確になるかを調べよ、というものでした。FireVoxel という、NYU の Artem Mikheev(ロシア出身のプログラマー)と Henry Rusinek(フランス出身の親切な教授)の二人が開発したソフトを使って 腎臓の薬物動態解析をやりはじめたのですが、中身がブラックボックスだったり、位置合わせがうまくいかなかったりしたこと、ダイナミックMRIのデータ解析は京大在籍中に行った経験があり、私自身は画像再構成の手法をより深く知るために NYU に留学したと考えていた等の理由もあり、GRASP法の基礎となるラジアルスキャンデータからの画像再構成のシミュレーションを行うことにしました。初年度はその他にラボで biomedical engineering 専攻の大学院生に対して行われていた、画像再構成法の基礎、パルスシーケンスの書き方、MRIの受信コイルの製作実習などの講義に出たりしました。留学1年目の研究成果を10月に ISMRM に投稿したのですが、残念ながら採択されませんでした。私が勉強した内容をまとめると言う点では丁度良かったのですが、新規性はあまりなかったので、仕方がないと思います。実データを私のプログラムで再構成した画像と NYU で稼働しているプログラムが出力する画像では画質に結構な違いがあり、どうしても原因が分からなかったので パルスシーケンス開発者の Tobias Block に聞いてみたところ、NYU 版の GRASP 再構成法は論文で紹介されている手法ではなく、Split Bregman (ADMM) と呼ばれるより洗練された手法を用いているから、彼が以前に指導していた Robert Grimm の thesisを読むと良いよ、と教えて貰いました。約200ページもあるそのthesisには、GRASP法をいかにして洗練させていったかが詳細に記述してあり、大変勉強になりました。友人である東北大(当時は京大、情報学研究科)の 大関真之氏のチュートリアル原稿等を参考にしつつ、2016年の4月頃にようやくADMM法をうまく検証できるようになり、その利点や欠点を実際に使いながら検証しました。この頃は1スライス分(2D x 時間)のデータだけ使って研究をしていたのですが、8月に Li Feng が XD-GRASP のコードをwebで公開したよ、と連絡してくれたことをきっかけに 4D (3D x 時間)データの再構成に取り組むことにしました。従来の手法では動きの情報をうまく「誤魔化す」ことできれいな画像をつくっているのですが、これをうまく「取り込む」ことができればよりきれいな画像ができるのではないか、という発想を実現するには、4次元のデータを相手にしないといけなかったためです。色々調べてみた結果、動き補正を組み込んだ再構成手法が自分で実装できそうだということがわかりました。帰国の時期が迫ってくるなか、研究の集大成として取り組み、何とかISMRMに演題を応募し、採択されました。

最後になりましたが、大学院卒業後も大学でうろうろしていた私の背中を押して下さった 富樫先生ならびに Anwar Padhani 先生、留学中の生活資金を 科研費(新学術領域、国際共同研究加速基金)で支援して下さった岡田知久先生 ならびに新学術領域「疎性モデリング」の先生方、私を快く受け入れ、多くの貴重な discussion をして下さった Hersh Chandarana 先生 ならびに NYU 放射線科の先生方に改めて厚く御礼申し上げます。