医学生・研修医の皆様へ
To medical students and residents

留学者の声

野橋 智美 先生

留学は長いこと人生の夢でした。大学院3年生の終わりに、この機会を逃すまじの一心で、富樫かおり先生、中本裕士先生に留学希望を申し出たところご快諾を賜り、米国西海岸のスタンフォード大学を 国際医療センターの南本亮吾先生にご紹介いただき、受け入れていただけることとなりました。

スタンフォード大学は、当科の三宅可奈江先生も放射線科乳腺部門で留学されていた所です。4年生8月の夏休みに、三宅先生ご一家がスタンフォードに遊びに行くのでご一緒に如何? とご招待くださり、お言葉に甘えて現地で合流させていただきました。待っていたのは、突き抜けるような青空と輝く緑。真夏なのに風は涼しく、まるで地上の楽園。アメリカってこんな素敵なところだったっけ?とカリフォルニアパワーに圧倒されました。三宅先生は、大学やアパートの案内に留まらず、アメリカでの恩師 Debra M. Ikeda先生、Bruce Daniel先生、Daniel Rubin先生、そして日本人の留学生仲間など、お食事やミーティングを交えてご紹介くださり、非常に濃厚な1週間を経験させてくださりました。

大学院卒業から1ヶ月後に、留学生活がスタートしました。4月から留学開始されていた金尾昌太郎先生ご一家が同じアパートにお住まいだったので、生活の知恵を色々と教えていただきました。到着した夜、いよいよ留学が始まる・・と胸が高鳴ると同時に、終わりがあることも理解していました。夜、Cal Train の汽笛を聞きながら、カウントダウンの始まりに気が引き締まったことを記憶しています。

留学先の Division of Nuclear Medicine, Department of Radiology は、臨床の核医学部門で、小さな多民族国家みたいな研究室でした。私のボス、Prof. Andrei H. Iagaru はルーマニア出身。Dr. Guido A. Davidzon はアルゼンチン出身、など。研究者は、イタリア、イラン、オーストリア等から来ていました。皆独身女医で、プライベートでもよく4人で遊んでいました。同時期に留学されていた東京医科歯科大学の鳥井原顕先生とは席が隣で、研究はもちろん、運転免許取得時も、大変お世話になりました。

しかし減りゆく時間と裏腹に、研究のセットアップが全く進まず、苦悩する日々が続きました。私はこの頃、何を研究するかという意味でウサギを二兎追いかけていました。一匹は免疫チェックポイント阻害薬の有効性をPETで予測したいということ。癌治療の第4の矢として世に出たチェックポイント阻害薬は、非常に優れた治療反応を示す患者さんがいる一方で、奏功率が低い。そして免疫が過剰に応答することによる副作用も時に問題となる。これを immuno PET でなんとか予測できないか。もう一匹は、人工知能を使って放射線科医の作業効率を上げたい。年々増える莫大な画像量に、放射線科医の疲弊が長引いてはいつか破綻してしまう。その前に簡単なところだけでも機械に頑張ってほしい・・。いずれにせよ、上司から与えられたテーマではなく一からのスタートで、何もないところからスタートするには時間的にあまり余裕がありませんでした。

人工知能はデータさえ用意すれば機械がやってくれるに違いない、という安易な考えで着手しました。ドイツ人の友人の旦那が人工知能のスタートアップの社長をしていたので、ソフトを供与してもらいデータを用意したのですが、プログラミングの知識が皆無だったので、全て手作業で無味単一な時間が過ぎるばかり。やっとの思いで用意したデータではうまく結果が出ず、自分でプログラミングを勉強するには時間が足りなかったし、プロに近い他グループの大学院生達のレベルには到底敵わず。。情けないですが、結局、なんとか1本論文発表にこぎつけたものの、私は敢え無くこのウサギを逃すことにしました。

私が本当にやりたい immuno PET の研究をするには、既存の症例数が足りなかったし、prospective study を立ち上げるにも時間が足らず、臨床研究では厳しい状況でした。そこで Department of RadiologyのChief professor である Dr. Sanjiv Sam Gambhir のもとで preclinical の実験をさせていただけることになりました。Gambhir 先生は 30以上のラボから成る MIPS (Molecular Imaging Program at Stanford) を立ち上げ、ご自身直轄のラボでも癌や感染症など様々な分野に携わる 分子イメージングの大家でいらっしゃいます。私はマウス膠芽腫モデルでT細胞を活性化し、その抗癌作用の可能性についての分子イメージングの研究に携わる機会を得ました (この study で SNMMI 2020, Center of Molecular Imaging, Innovation, and Translation, Young Investigator Award にて 2nd place を受賞する 幸運に恵まれました)。アメリカ人大学院生と中国人留学生の3人でチームとなり、それぞれのテーマや他メンバーの実験を助けながら、数えきれない失敗を繰り返しては励ましあう日々。動物や薬剤を万全の体制で用意しても大雪や大雨で飛行機が飛ばず、核種が来なくて実験中止・・と、やり場のない疲労感を味わうこともありました。やっと実験が軌道に乗り出した頃、私の留学は残り3ヶ月となっていました。大慌てで実験を詰め込み、体重は6キロ落ちました(帰国後一瞬で戻りました)。まだまだ観光も引っ越しの準備も全然できてないし、追加実験もしたいし、皆にちゃんとお別れも言いたいけれど、、時は残酷に過ぎ、帰国の日を迎えました。San Jose空港から飛び立つ瞬間の光景はずっと脳裏に焼き付いています。

この1年11ヶ月の留学でお世話になった先生は 日本国内、国外とも数え切れません。富樫教授、中本准教授には、留学のご許可はもとより、当初1年の予定でいた留学を、ご無理を申し上げてプラス1年の延長を許可くださったこと、心より深く感謝申し上げます。留学に際して応援くださった 三宅先生、金尾先生、核医学グループ、他グループの先生方、他大学の先生方、本当に有難うございました。私は留学に差し支える事情がほとんどなく、大変幸運でした。留学は大変お金がかかりますが、研究のみならず、ここには書ききれない沢山の経験をし、かけがえのない恩師や友達と出会うことができて、何ものにも代えがたい財産となりました。今後はこの経験を活かしてさらに研究や臨床に邁進していく所存でございます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。